東京高等裁判所 平成8年(行ケ)84号 判決 1997年1月29日
東京都豊島区上池袋2丁目44番14号
原告
早川栄市
訴訟代理人弁理士
松田喬
東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
被告
特許庁長官 荒井寿光
指定代理人
金子茂
同
伊藤三男
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成6年審判第1754号事件について、平成8年2月9日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成4年12月26日、登録第1572671号商標(以下「本件商標」という。)の商標権存続期間の更新登録出願をした(平成4年商標登録願第729129号)。
本件商標は、肉太円輪郭内に「花月庵」の文字を縦書きしてなり、昭和52年12月30日に登録出願され、平成3年法律第65号による商標法の改正前の商品区分第32類「食肉、卵、食用水産物、野菜、果実、肉製品、加工水産物、そばめん、うどんめん、その他の加工食料品」を指定商品として、昭和58年3月28日に登録されたものである。
特許庁は、上記更新登録出願について、「登録商標の使用説明書に添付された商標の使用の事実を示す書類(写真、薬味の掛け紙、箸入り箸袋、献立表)においては、本願に係る登録第1572671号商標を第32類に属する商品に使用しているとは認められないから、これによっては前記登録商標をその指定商品について使用しているものとは認められない。」として、拒絶査定をしたので、原告は、平成5年12月20日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成6年審判第1754号事件として審理したうえ、平成8年2月9日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年4月27日、原告に送達された。
3 審決の理由の要点
審決は、別添審決書写し記載のとおり、更新登録の出願前3年以内に指定商品に本件商標が使用された事実は認められないとして、本願を商標法19条2項ただし書2号に基づき、更新登録をすることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決は、「出願人(請求人)が本件更新登録出願と同時に提出した登録商標の使用説明書によると、商標の使用に係る商品名として『そば、うどん、その他の麺類、親子丼、天丼、その他丼類』の記載が認められ、商標の使用の事実を示すものとして、(1)標章付きののれんを掛けた店舗正面の写真、看板類の写真、値段付きの献立見本を陳列したケースを有する店舗正面の写真、(2)薬味の掛け紙、(3)箸、及び(4)献立表を提出しているが、写真に表された店舗の店構え、献立表の内容及び献立表の表紙に表された『そば処』、『御家庭の延長として御利用下さいませ!』、『出前は特に迅速に御届け致します』等の記載からみると、出願人(請求人)は、顧客の注文に応じ自己の店舗において(又は出前により)、そばを中心とした和食の提供を業としているものと認められる。そして、そのようにして提供される飲食物は、商標法上の商品とはいい得ないものである。」(審決書3頁5行~4頁3行)、「商標法における『商品』は、商取引の目的物として流通性のあるもの、すなわち、一般市場で流通に供されることを目的として生産される有体物と解されるものであり、顧客の注文により店舗で(又は出前により)提供され、その場で消費されるものは、一般市場で流通に供されることを目的として生産される有体物とはいえないから、商標法上の商品に当たらない」(同4頁10~18行)としているが、以下に述べるとおり、誤りである。
まず、上記(1)標章付きの「のれん」を店舗に掛装するときは、実践的に店舗全体と相互補足的に一体をなしているものであり、(2)薬味の掛け紙、(3)箸袋及び(4)献立表の各表示と相まって、観察者は観念として商標を観取し、この標章を商標と認識するものである。したがって、原告が本件商標を使用していることは明らかである。
審決は、原告の業務を「顧客の注文に応じ自己の店舗において(又は出前により)、そばを中心とした和食の提供を業としているもの」として、サービス業であると認定している。しかし、そば屋の場合、不特定多数の顧客に継続的、交流的、変化的に飲食物を提供するのであるから、これは商品を実践的に供給することに他ならず、商標法上の商品の供給であることは明らかである。
すなわち、流通とは、財貨を経済社会へ移動することであり、一回の移動でも流通であり、敢えて「転々」と移動する必要はない。そば屋が営業として、来店した顧客に、そば、天丼、親子丼等を販売する行為についてみれば、その物品類は、商標権を行使する商標法上の商品である。
殊に、今日においては、そば類も昼食代用食品としてプラスチック容器(弁当箱)による持ち帰りが可能となっており、これが商品にあたることは明らかである。また、原告は、そばを中心とした和食の提供のみを業としているものではなく、天丼等もそば同様に販売しており、天丼等の丼物もプラスチック容器の発達により、持ち帰る顧客にも極めて販売をしやすく、また、不特定多数人が土産物として持ち帰ることができるものである。
したがって、社会生活上、「そば処」、「食事処」は、「そば、天丼、親子丼、その他の食事用みやげ品」等を商標法上の商品として販売していることは明らかである。
さらに、暖簾分けは、日本の商人の習俗ないし風習であり、そば屋において盛んな行事であるところ、原告は、各種そば類製造技術と天丼等丼類の製造技術と共に、本件登録商標を暖簾分けにも使用しているから、本件登録商標を使用していることは明らかである。
なお、被告は、大阪地裁昭61年12月25日判決(いわゆる「中納言事件」)及び東京高裁昭和63年3月29日判決(いわゆる「天一事件」)を援用して、飲食店内において顧客に提供される料理は、流通性を有しないから商標法上の「商品」にあたらない旨主張するが、今日においては、そば類も昼食代用食品としてプラスチック容器(弁当箱)による持ち帰りが可能となっており、これが商品にあたることは明らかである。また、本訴は、商標権存続期間更新登録願についてのものであり、被告主張の上記下級審判決の事案とは異なるものであるから、被告の主張は失当である。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。
商標法において、「商標」とは、文字、図形若しくは記号若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合(標章)であって、(1)業として商品を生産し、証明し、又は譲渡する者がその商品について使用するもの、(2)業として役務を提供し、又は証明する者がその役務について使用するものであり(商標法2条1項)、使用される自己の特定の商品又は役務を他の商品又は役務から識別するためのものである。そして、商標法は、この商標を保護することを目的とするものであるから、商標法における「商品」は、商取引の目的物として流通に供されることを目的として生産される有体物と解される。
そうすると、店内で飲食に供され、即時に消費される料理は、提供者自身の支配する場屋内で提供されるものであるため、出所との結びつきは直接かつ明白であり、そこには他人のもの(商品)との識別を必要とする場は存在しないのであって、流通性は全くないものというべきであるから、飲食店内で顧客に提供される料理は、商標法上の「商品」には該当しない(大阪地裁昭61年12月25日判決(いわゆる「中納言事件」)及び東京高裁昭和63年3月29日判決(いわゆる「天一事件」)参照)。
そこで、原告(出願人)が登録商標を使用していることを証明するため本件更新登録出願と同時に提出した登録商標の使用説明書についてみるに、その書類中の「商標の使用に係る商品名」の項に記載された「そば、うどん、その他の麺類、親子丼、天丼、その他丼類」は、商標の使用の事実を示す書類に示された店舗の店構え、献立表の記載等よりみて、原告が業として提供する飲食物に係る献立を表示したものと把握されるにとどまり、これが一般市場で流通に供されることを目的として生産される有体物とはいえないから、商標法上の商品にあたらない。
そうすると、「のれん」等に表示された登録商標は、商標法上の商品について使用するものではない。
原告は、そば、天丼等のプラスチック容器による持ち帰りや土産物の例を挙げて審決の判断を非難するが、登録商標の使用状況に関する資料は、更新登録の出願前3年以内に登録商標をその指定商品に使用したことがあるかどうか、又は使用していないことについて正当な理由があるかどうかについてのものであり、更新登録の出願時にすでにはっきりしている事実に関するものである。しかるに、原告は、一般論的に上記主張をするのみであって、客観的にその主張に係る事実を裏付ける個別、具体的な証左を示していない。
審決は、提出された使用説明書に基づいて、「そば」等が一般市場で流通に供されることを目的として生産される有体物と解される商標法上の商品にあたるか否かについて判断しているのであり、その判断過程において、「そば」等は、業として和食の提供を行う原告が、顧客の注文により店舗で(又は出前により)提供し、その場で消費されるから、一般市場に供されることを目的として生産されたものではなく、商標法上の商品に当たらないとしたものである。
結局、本件登録商標の更新登録出願時に提出された使用説明書の内容(店舗の写真、薬味の掛け紙、箸袋、献立表)のみでは、本件登録商標の使用とは認められないとした審決の判断に誤りはない。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立(甲第4号証及び第14号証については原本の存在とも)については、いずれも当事者間に争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 商品に係る商標が商品の出所を表示し、自他商品の識別標章として機能することからすれば、商標法上の商品は、それ自体が流通過程に置かれる代替性のあるものであることを要すると解されるところ、店内で飲食に供され、即時に消費される料理等は、提供者自身の支配する場屋内で提供されるものであるため、出所との結びつきは直接かつ明白であり、そこには他人の商品との識別を必要とする場は存在しないのであって、流通性はないものというべきである。したがって、単に飲食店内で顧客が即時に消費することが予定されている料理等は、商標法上の商品とはいえないが、他方、飲食店の料理等であっても、店頭で一般客にもパック詰めなどして販売されている場合には、流通性・代替性を備えるものとして商品性を肯定することができるものと認められる。
本件商標は、肉太円輪郭内に「花月庵」の文字を縦書きしてなり、第32類「食肉、卵、食用水産物、野菜、果実、肉製品、加工水産物、そばめん、うどんめん、その他の加工食料品」を指定商品として、昭和58年3月28日に登録されたものであるところ、原告が審判段階及び本訴において提出した各証拠、すなわち、(1)標章付きののれんを掛けた店舗正面の写真、看板類の写真、値段付きの献立見本を陳列したケースを有する店舗正面の写真、(2)薬味の掛け紙、(3)箸袋及び(4)献立表によっては、指定商品について、店頭で一般客にもパック詰めなどして販売している等商品性を肯定しうる事実を認めることはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠もない。
原告主張の上記(1)「のれん」(原告主張の「暖簾分け」の場合も含む。)、(2)薬味の掛け紙、(3)箸袋及び(4)献立表の各表示に表された本件商標と同一の標章は、そば等の飲食物を提供する営業表示ないしは役務商標として使用されているものと認められ、商標法上の商品について使用していたものとは認められないから、原告主張の審決取消事由は理由がない。
2 付言するに、役務商標(サービスマーク)登録制度が我が国に導入される以前においては、役務について商標登録することができなかったため、例えば店舗において即時消費される飲食物を提供する役務についてはその素材である商品を指定商品として商標登録出願をする例がみられたことは当裁判所に顕著であり、上記事実によれば、本件商標もこのような例に当たるものと認められる。このような場合に、商標権者に当該役務に登録商標を使用することがすなわち当該商標の使用に当たるとの意識が生じたとしても、これを法の不知として一方的に非難することはあながちできない事柄というべきであり、役務商標登録制度導入に当たって、立法的措置として対処することが望ましい点であったということができる。
この点についてみれば、平成3年法律第65号による商標法の改正により役務商標登録制度が導入された際、同改正がこれまで商標法になじみのなかったサービス事業者に関係するものであることからも改正後の商標法を一般に十分周知させる必要があること等の理由から、公布から施行するまでの間にそれに応じた相当の期間を確保するべきであるとの考え方に基づき、同改正における附則1条本文において、「この法律は、公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。」と定め、具体的には、商標法の一部を改正する法律の施行期日を定める政令(平成3年政令第298号)により、施行日は平成4年4月1日と定められた。
また、同改正において、商標法施行令別表の第35類から42類に代表的な役務が定められ、原告の業務に係るものと認められる「飲食物の提供」は第42類に属する役務とされたところ、従前からのサービス取引における使用により商標に化体された役務の提供者の評価、信用を維持し、既存の取引秩序を混乱させることのないようにするため、このような既使用の役務にかかる商標については、施行後6月経過前の使用による役務に係る商標の使用をする権利(同改正法附則3条)が認められ、また、使用に基づく特例の適用(同改正法附則5条)により、改正法施行の日から6か月間に出願して、その特例を主張するという方法をとることが認められていた(その手続については同附則6条)のである。
このように、本件商標の更新登録出願以前、既に役務商標登録制度が導入され、飲食物の提供が役務に分類され、しかもその周知のための期間が設けられ、さらに既使用の役務にかかる商標については使用に基づく特例の適用を主張して出願すること等が認められ、従前からのサービス取引における使用により商標に化体された役務の提供者の評価、信用を維持し保護するための制度的な保障が設けられていたにもかかわらず、本件では、原告も自認するように、使用に基づく特例が利用されずに経過していたものと認められる。なお、原告が現時点においても本件商標と同一の構成からなる商標を役務商標として新たに登録出願することはもとより可能であるが、その登録が認められるか否かはその登録要件の具備いかんに係り、本件存続期間の更新登録出願の適否と別問題であることはいうまでもない。
審決は、そのような事情の下に、本件更新登録出願について、店舗において提供される飲食物についての「商品」該当性の判断をし、原告(出願人)提出の各証拠によっては、本件商標が商品に使用されているものとはいえないから、指定商品について「使用の事実がない」と判断したものであると解される。
審決の判断に誤りはない。
3 以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官 清水節)
平成6年審判第1754号
審決
東京都豊島区上池袋2丁目44番14号
請求人 早川栄市
東京都豊島区巣鴨1-3-23
代理人弁理士 松田喬
平成4年 商標登録願 第729129号拒絶査定に対する審判事件について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
本願商標は、登録第1572671号商標(以下「本件商標」という。)の商標権存続期間の更新登録願として、平成4年12月26日に出願されたものである。
そして本件商標は、肉太円輪郭内に「花月庵」の文字を縦書きしてなり、昭和52年12月30日に登録出願され、第32類「食肉、卵、食用水産物、野菜、果実、肉製品、加工水産物、そばめん、うどんめん、その他の加工食料品」を指定商品として、昭和58年3月28日に登録されたものである。
これに対し、原査定は「登録商標の使用説明書に添付された商標の使用の事実を示す書類(写真、薬味の掛け紙、箸入り箸袋、献立表)においては、本願に係る登録第1572671号商標を第32類に属する商品に使用しているとは認められないから、これによっては前記登録商標をその指定商品について使用しているものとは認められない。
したがって、この商標権の存続期間の更新登録出願は、出願と同時に提出された書類によっては、商標法第19条第2項ただし書き第2号に該当するものでないとは認められない。」と認定し、本願を拒絶したものである。
そこで判断するに、出願人(請求人)が本件更新登録出願と同時に提出した登録商標の使用説明書によると、商標の使用に係る商品名として「そば、うどん、その他の麺類、親子丼、天丼、その他丼類」の記載が認められ、商標の使用の事実を示すものとして、(1)標章付きののれんを掛けた店舗正面の写真、看板類の写真、値段付きの献立見本を陳列したケースを有する店舗正面の写真、(2)薬味の掛け紙、(3)箸、及び(4)献立表を提出しているが、写真に表された店舗の店構え、献立表の内容及び献立表の表紙に表された「そば処」、「御家庭の延長として御利用下さいませ!」、「出前は特に迅速に御届け致します」等の記載からみると、出願人(請求人)は、顧客の注文に応じ自己の店舗において(又は出前により)、そばを中心とした和食の提供を業としているものと認められる。そして、そのようにして提供される飲食物は、商標法上の商品とはいい得ないものである。
これについて請求人(出願人)は、自己の業務が「おそばやさん」であることを認めたうえで、「この業務は店舗への来客に対し献立表に示される飲食物を単に持参するに過ぎず、商品を包装して店舗への購入者まで持参するのとその行為の内容は異なることなく、これをサービスと断定することはできない。」旨主張しているが、商標法における「商品」は、商取引の目的物として流通性のあるもの、すなわち、一般市場で流通に供されることを目的として生産される有体物と解されるものであり、顧客の注文により店舗で(又は出前により)提供され、その場で消費されるものは、一般市場で流通に供されることを目的として生産される有体物とはいえないから、商標法上の商品に当たらないこと前記のとおりである。
また、請求人(出願人)は、東京近郊におけるそばのみやげ品の例を掲げ、「本件出願人が本件指定商品に於いてこれをなすこと不能なりと断ぜられる謂れ全くなし。」と主張するが、主張に係る商品を同人が扱い得るか否かではなく、更新登録の出願前三年以内に該主張に係る商品について本件商標を使用したか否かが問題であるところ、その事実を何等示していない。
その他指定商品に本件商標が使用された事実は見あたらない。
したがって、本願を商標法第19条第2項ただし書第2号に基づき拒絶した原査定は妥当であって、取り消す理由はない。
よって、結論のとおり審決する。
平成8年2月9日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)